難産の婦人の起死回生を
助けた妙薬として誕生

喜谷市郎右衛門養益は訴訟事件のために江戸に来ていた医師を自家に引き取り3年余、懇切に世話をした。ある日隣家の娘が難産となり、その医師が一服の薬を与えたところ、間もなく妊婦の苦しみが去り、お産を終えることができた。その話は江戸は勿論、四方に伝わり、人を介して求めに来る者も多かったため、正徳3年(1713年)、広く世間に発売することとなった。これが喜谷實母散の起源である。

長崎の医師が初代喜谷市郎右衛門に書き残したと伝えられる秘伝「實母散」の処方書

江戸時代に使用された喜谷實母散の効能書

「ジツボンS」製造販売開始

女性のライフスタイルの変化に合わせて、「喜谷實母散」と同様の生薬を配合した、錠剤「ジツボンS」を製造・販売を開始。

喜谷實母散創業

喜谷喜谷市郎右衛門養益が江戸楓河岸(現在の中央区京橋)において、婦人薬「實母散」を個人創業。

明治初期の「喜谷實母散」新年初荷を描いた錦絵

昭和初期の頃、薬局などにかけられた「喜谷實母散」の看板

「ジツボンS」製造販売開始

女性のライフスタイルの変化に合わせて、「喜谷實母散」と同様の生薬を配合した、錠剤「ジツボンS」を製造・販売を開始。

創業300年突破

“本業を大事にする”という考えのもと、一歩一歩着実に歩みを進め、300年を突破。店頭の竹は開業した時に生息していたものを、移転に伴って移設し、現在も生息している。この竹は昔から喜谷實母散の包装のデザインにも取り入れられており、明治に入って、商標登録制度が導入された頃、この外箱の意匠を商標登録第十六号として認可されている。この商標は、現在でも喜谷實母散に使用されており、医薬品関係では最古のものとなっている。

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