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喜谷實母散本舗は、生薬を原料にした女性薬を製造・販売する会社です。

TEL. 03-3716-2161

〒152-0002 東京都目黒区目黒本町2−5−3

創業秘話

「喜谷實母散」創業の秘話

「喜谷實母散」の創業は1713年(正徳3年)と云われており、その事情は根岸鎮衛(1737年〜1814年)の『耳袋』に詳しく記述されております。
根岸鎮衛は奉行所の勘定役から江戸南町奉行に出世した役人で、役所勤めの合間に、古老の言伝えや自分自身が聴き取った面白い世間話、事件などを『耳袋』として書き留めました。執筆期間は、1783年(天明3年)に彼が佐渡奉行に赴任した時から江戸南町奉行を最後に引退するまでの30年間にわたっており、当時の庶民生活や風俗を知るうえで貴重な文献と云われています

隣家の産婦を救った實母散

CEO

 近江の国より江戸に出て、楓河岸(後の中橋大鋸町、現在の中央区京橋)で薪炭業を営んでいた喜谷家の太祖、喜谷藤兵衛光長の養嗣となった喜谷市郎右衛門養益は家業を継ぎ、薪炭業を営んでいました。
たまたま、長崎にいた実弟が、ある訴訟事件のために江戸に出て来た医師を紹介してきました。市郎右衛門は、事件の進捗状況が遅れ困窮していた医師某を哀れみ、自家に引き取り、3年余り懇切に世話をしました。
そのようなある時、隣家の豪商某の娘が産気づき、殊の外の難産となり、その両親が市郎右衛門方に救いを求めに来ました。この窮状を聞き及んだ医師某は、隣家の産婦を診断のうえ、例え効果が現れずとも恨まないことを条件に一服の薬を与えたところ、間もなくして妊婦の苦しみが去り、お産を終えることができました。死産ではありましたが、母親は無事でありました。
諸医に見放された隣家の産婦を救ったこの医師の薬の処方は市郎右衛門を驚嘆させました。医師は3年ほど世話になって長崎に引き揚げることになりましたが、市郎右衛門の要請に応え、且つ優遇の厚誼に報いるために、医師某も喜んでその秘伝の処方の詳細を市郎右衛門に与えました。
長崎の医師より伝授された秘伝の処方の詳細は、『産辯』、『本法加減諸法』、及び『禁妊婦食考』の3冊にまとめられていました。

慈母の赤子におけるが如き妙薬

かくして、隣家の難産の婦人の起死回生を助けた妙薬の話は四方に伝わり、江戸市内はもとより、四方八方から人を介して求めに来る者は多く、その妙薬があたかも慈母の赤子におけるが如きをもって「實母散」と命名して、広く世間に発売することとなりました。
それは今日より300年前の1713年(正徳3年)のことでありました。

商標登録  第十六号

喜谷實母散本舗が中橋(現中央区京橋)に所在した時代から、その店頭には竹が生息していましたが、株式会社 キタニ として目黒に移転した今日でも本社ビルの玄関脇に竹が植えられており、その祖先の薪屋たることの名残を留めています。
また、竹の図柄は昔から喜谷實母散の包装のデザインとして取り入れられてきました。
 明治に入って日本に商標登録制度が導入された頃、当時の第8代 喜谷市郎右衛門は「喜谷實母散」の外箱の意匠の商標登録を申請し、明治18年6月2日付けで商標登録第十六号として認可されています。
当該商標はその後幾度かの認可更新手続きが行われ、現在でも喜谷實母散に使用されておりますが、日本の商標登録制度が発足して以来今日まで継続使用されている商標は少なく、医薬品関係では最古のものになっているそうです。


バナースペース

株式会社 キタニ

〒152-0002
東京都目黒区目黒本町2−5−3

TEL 03-3716-2161